生物と無生物の間
など、知的刺激をくれる福岡伸一さんが西田哲学と悪戦苦闘する良書が、新書版になっていた!
単行本は、図書館で借りて、いつか買おうと思っていたが、新書版になるとは有り難い。迷わず購入。
単行本のページだが、この辺のやりとりは考えさせられた。
福岡:
実在論というと、唯物論的な考え方を連想する人もいますが、そうではないのですね。
カントが、われわれの意識では及ばない存在だとした「物自体」というのも、決して単に〈モノ〉だけを指しているわけではないのですよね。
池田:
その通りです。
福岡:
そういう意味で、物質としての〈モノ〉を見てきたのはむしろ近代科学やロゴスの哲学のほうであり、そこでは、生命や自然をいろいろな〈モノ〉に分けて世界を理解しようとしてきました。
言わば、近代科学は、「モノ偏重」の学だったわけです。
当然の帰結として、この場合に見えてくる〈モノ〉というのは、いわゆる「主観性の原理」でとらえたものであるわけですから、ピュシスのあり方やピュシスの本来の姿とは根本から異なっているわけですよね。
池田:
ええ。先ほどもお話があったように、近代科学においては、生命を見ていると言いながら、すでに死んだものを対象としてきたわけです。
ですから、ピュシス、あるいは西田やわれわれが言う「実在」というのは、むしろ、〈モノ〉ではなく〈コト〉なのです。
西田の実在論は〈コト〉を対象にしています。
福岡さんの言われる「動的平衡」というのも、「生命の絶え間ない流れ」というわけですから、その中身は〈コト〉であるわけですね。
P259
※ピシュス=自然
新書版にて、久しぶりに読み返そう。