ICTベンチャーで働き、哲学する父

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先憂的楽観主義:「手放しの楽観」ではない。最悪を想定して心を整える「真の楽観」とは

自分は楽観主義だと思うが、手放しに楽観主義なわけではない。
むしろ、手放しな楽観主義は、ほんとうの楽観主義ではないのではないかとすら思う。

農作業が教えてくれた「想定外」

農薬を使わず、化成肥料を使わず野菜を作ることに挑戦しているが、種まいて、水やれば、野菜できるっしょ!という素朴な楽観主義では、残念ながら失敗に終わる。
虫や鳥たちに食われ、天候の影響を受けて育てられない。

以前働いていた職場の上司がよくこう言っていた。

「常に最悪を想定しておけ」

起こる可能性が低くても、最悪を想定してその対処の準備をしておくことと。

憂いを先取りする技術

虫や鳥に食われることを前提とする。
大雨や台風、乾燥が続くことがあることを前提とする。
病気になることを前提とする。

リスクになること、憂いとなることを先に想定しておけば、
もしそのことが起こっても想定内であるから、心は落ち着いていられる。

先憂的楽観主義。

自分で対応できる憂いは先取りしておきたい。

人事を尽くして天命を待つ

ただ、自分の力じゃどうにもならないことが起こったら、
それはもしょうがないから気持ちよくあきらめる😅

やっと雨が降り、瀕死だったキュウリの回復を祈りながら。


【補遺】結果を天命に全託する覚悟

この記事で触れた「先憂的楽観主義」は、LUTENのValue(行動指針)そのものである。

私たちはしばしば「ポジティブ思考」と「見通しの甘さ」を混同してしまう。   しかし、真の楽観とは、直視すべき現実(憂い)から目を逸らすことではない。

包摂 - 先憂的楽観主義
結果に対して手放しの楽観はしない。憂いを先取りし、尽くせる手を打った上で、結果を天命に全託する。

最悪を想定し、打てる手をすべて打つ(人事を尽くす)。
その上で、コントロールできない結果については「しょうがない」と手放す(天命を待つ)。

この「諦め(明らめ)」の境地こそが、心を平穏に保つための唯一の方法なのだと思う。