谷川 嘉浩さんの『スマホ時代の哲学 失われた孤独をめぐる冒険』を読んで、思考が刺激されている。
今の時代は、常時接続の時代だからこそ、孤独を持ち、自己対話の時間を確保することが大切ではないかという主張。
常時接続の世界には、簡単に、気軽に、答えが出るもの、スッキリできるものが溢れている。
でも、人間には、長い時間かけて、それでも消化しきれないような、モヤモヤや答えの出ない事に向き合う事も必要で、その時間が現代は特に持ちにくいという問題提起は共感できる。孤独の時間をどう過ごすか、ということもいくつか書かれているので、いくつかの投稿に分けてまとめたいと思う。
ZARDの『君に会いたくなったら』の歌詞にこんな一節がある。
大丈夫だと言う君の言葉が
一番大丈夫じゃない
我が師田坂広志先生の著書にもよく書かれている。
ポジティブな想念を抱く時、同じ力のネガティブな想念が無意識下に生まれる、と。
- 俺はできる!
- 俺は大丈夫!
とポジティブに考えようと努めるとき、ほんとにできるのか?ほんとに大丈夫か?というネガティブな想念が裏に生まれる。
孤独な時間を持ち、自己対話をしているとしばしば、大丈夫!と励ます自分と、本当に大丈夫か?という自分が言い合いになる。
田坂広志先生曰く、それを鎮めるためには、「無邪気」になることらしいのだが、無邪気になろうと思って無邪気になることはなかなかに難しい(^_^;)
その代わり、こういうことをしている。
- 自分を励ましたり
- 自分を奮い立たせたり
- 大丈夫だと言い聞かせたり
そんなことはしない。ただ、ただ、
なんとかなる
と、口にする。
どう転んだって、なんとかなる。どんな結果になっても、振り返ったらそれでよかったんだって思える事になる。
そうやって生きてきたじゃないか。
こう自己対話する。
奮い立たせたり、言い聞かせたりして乗り越えてきた時期もあった。そういう瞬間も必要かもしれない。だけど、常にそのやり方で乗り越えるには、やっぱり体がもたない。
そして、君へ
君が生きる時代は、常時接続の時代。
だからこそ、一人、孤独に自己対話する時間も大切にしてほしい。
行き先不透明な時代だからこそ、うまく行かないこともあるだろう。
仮に望まない結果を目の前にしたとしても、ドラゴンボール孫悟空のこの言葉を言い続けたい。
「まっいっか!」
この青空を、君へ