ルパン三世の名言。
SNSを見ていたら広告動画が目に止まった。
「一度きりの人生好きに自由に生きたらいい」
という言葉に違和感があると、以前投稿したが、
同じくらい違和感があるのが、
「あなたは、あなたの人生の主人公」
という言葉だ。
主人公。。。
そんなこと思えないよ。
自分より能力高い人はたくさんいるし、
成功しているように見える人もいる。
世の中を動かすような仕事をしている人を間近にみて、自分が人生の主人公なんて、到底思えない。
というのが一点。
もう一点は、ヘーゲルが
「白と言った瞬間に、その裏には白ではないという事も同時に意味している」
という趣旨の事を書いていて、妙に納得したこと。
主人公と言った瞬間、
周りは主人公でははい脇役という目線になる。
物語には、脇役も必要で、脇役がいるから主人公という役も成り立つのはわかるが、やはり心のどこかで、主人公と脇役の間に優劣の視点が入ってしまう。
これが自分の心の中に不快感を呼ぶ。
そして、あなたは、あなたの人生の主人公ということなら、みんな主人公であって、脇役がいないことになる。
私は主人公だ!と思っている人達が、社会を形成するとき、他者への敬意は薄れないだろうか?
という心配もある。
だから、あなたは人生の主人公と言われても、なんかしっくりこない。
まぁ、そう生きれたら楽しいかもしれないですねとは思うけど。
そんな折、ルパンの名言を見て、しっくり来た。
俺って人生の視聴者は俺だけだ。
だったら俺が続きを見たくなるような物語じゃないと、意味がないだろ?
本当にその通りだ。
この人生の視聴者は、自分だけしかいない。
断片的に自分の人生に関わってくれる人はいるが、人生の初めから終わりまで関わる人は、自分しかいない。
自分の中にいる視聴者たる自分が、
自分の人生の生き様を見ている。
どんな続きになるのか、つねにワクワクするような、そんな人生を送りたい。
と、願うとき、そこに登場する他者はすべて必要な他者であり、優劣はない。
敵や壁はむしろ必要で、
どう対峙する?
どう乗り越える?
と視聴者である自分をワクワクさせる人生を生きようときめるなら、この人生は確かに物語りだ。
長年モヤモヤしていた感覚に、怪盗ルパン三世から、ヒントをもらえた。