子育て×哲学×社会学「この青空を、君へ」

父から息子へつなぎたい思想

「使命」とは「命を使う」と読むべきなのか

時間を「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」とかお金と同じ動詞を使って考えるという習慣は「近代」の精神で(Time is money!)彼らにとって時間は基本的に「生きる」ものです。

旅でふしぎに印象に残る時間は都市の広場に面したカフェテラスで何もしないで行き交う人たちを眺めてすごした朝だとか海岸線を陽が暮れるまでただ歩きつづけた一日とか

要するに何かに有効に「使われた」時間ではなくただ「生きられた」時間です。

社会学入門」 見田宗介

有効に「使われた」時間より
ただ「生きられた」時間の方が
印象に残っているというこの文を読み

「使命」という言葉も見直したいなと思った。

命を使う。 この命、何に使うか?

というメンタリティで生きてきたが これだとやっぱり、

この命を有効に使えているのか?

が基準になり、使えてないと途方にくれて、疲れちゃう。

語源に戻り

「神に祈りを捧げた際に、与えられた神からの啓示」

と解釈するなら、

ただ、ただ、「生きよ!」 との命を受けたと捉えたい。

「生きる」ことに外的な目的を定め、それをできたかできなかったかで評価するのではなく、 それやるから疲れちゃうんだから

「生きる」ことそれ自体が目的で、 「生きる」ことそれ自体に充実を見出せるとよいなぁ。

此処の空は広くて高いよ 登園時に見る青空も お迎えの時にみる夕焼けも

スーッと体に入ってくる感覚がとても心地よい。

あぁ、生きてるって気持ちになる。

たとえ、日中が、悪戦苦闘で、 生きるためにもがいていても、

あの空を見ると、その一瞬は心が穏やかになり 思わず深呼吸する。

ただ、ただ、生きる時間

その時間も、大切な人生の時間。

さぁ、梅雨もあけて夏がやってくる!