子育て×哲学×社会学「この青空を、君へ」

父から息子へつなぎたい思想

外的な「意味」による支えを必要としない生き方-真木悠介『気流の鳴る音』より-

 

 

ドン・ファンが知者の生活を
「あふれんばかりに充実している」というとき、

それは生活に「意味がある」からではない。

生活が意味へと疎外されていないからだ。

つまり生活が、外的な「意味」による支えを必要としないだけの、
内的な密度をもっているからだ。
知者は行動を考えることによって生きるのでもなく
行動をおえた時考えるだろうことを考えることによって
生きるものでもなく
行動そのものによって生きるのだ

ということをお前はもう知らねばならん。

知者は心のある道を選び
それにしたがう。

そこで彼は無心に眺めたりよろこんだり笑ったりもするし
また見たり、知ったりもする。

彼は自分の人生がすぐに終ってしまうことを知っているし
自分が他のみんなと同様にどこへも行かないことを知っている。
所有や権力、「目的」や「理想」といった
行動をおえたところにあるもの
道ゆきのかなたにあるものに
価値ある証しはあるのではない。

今ある生が空疎であるとき
人はこのような「結果」のうちに
行動の「意味」を求めてその生の空虚を充す。

しかし道ゆきそのものが
「何もかもあふれんばかりに充実して」いるかぎり
このような貧しい「結果」のために人は争うことをしない。

〈心のある道〉をゆき〈美しい道をしずかに歩む〉人びとにとって
蓄財や地位や名声のために道を貧しく急ぐことほど
いとわしいことはないだろう。

市民社会の存立の原理としての利害の普遍的相剋性は
欲求の禁圧と制約によってではなく
欲求の解放と豊富化によってはじめて原理的にのりこえられうる。
C・W・モリスは
キリスト、ブッダマホメッド孔子、老・荘
エピクロス、ストアの教えや

アポロンディオニソス、プロメテウスの
神話等々の比較研究をとおし

人間の生き方における究極の三次元として
次の三つの要因をあげる。

①プロメテウス要因
〔創造・生産・克服・支配・変革・活動・努力・労働……〕

ディオニソス要因
〔交感・融合・共感・愛・連帯・集団的享受・感受性・「開かれた心」……〕

ブッダ要因
〔解脱・透徹、超越・観想、覚識、自己認識・自己統一性……〕。 

プロメテウス要因をいわば
具体的な未来に向って開かれた現在の充実として

またディオニソス要因を
具体的な他者に向って開かれた自我の充実としてとらえるならば

ブッダ要因は
時空の無限性に向って直接に開かれた意識の充実
あるいは充実それ自体を放下した自我の
全宇宙への遍在化としてとらえることができよう。

 

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