子育て×哲学×社会学「この青空を、君へ」

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「知識社会」とは、「知識が価値を失っていく社会」-田坂広志-

「知識社会」とは、「知識が価値を失っていく社会」

私淑する田坂広志先生の言葉だ。

ChatGPTがブームなので、私も少し触ってみた。私の質問の仕方が拙いのもあると思うが、検索の手間が省ける、検索した情報達からサマリする手間が省けるという価値は見いだせたものの、心躍る感動まではしていない。

あたかも人と会話している錯覚に陥るので、

カスタマーサポートとか、答えが決まっていてその回答をするとか、要約サービスとか、そういったたぐいのサービスには、かなりビジネスチャンスがあるのではないかと思う。

私もAIボット+有人対応でカスタマーサポートツールを構築しているが、これが代わりに応えてくれるなら、なんら有人対応と変らない対応をしてくれそうだ。

ただ、顧客の細かい要望や、もっとこうならないか?と問われても、ChatGPTがきれいに応えてくれるようには思えない。その顧客との信頼関係の度合いによって、回答する内容も変わってくるので、そこに有人の機微が必要になる。ここはAIでは代替できないんじゃないかなという直感がある。

ただ、科学的に立証されているもの、知として多くの人が疑いの余地なしとおもっているもの、こういったものを質問して、回答されたときは、かなりの威力を発揮すると思う。

という意味で、師匠の言っていた「知識社会」とは、「知識が価値を失っていく社会」という言葉が確定的な世の中になるなと思った。

西垣通さんの著書のいくつかに今は第3次AIブームだと書かれている。

1次 論理

2次 知識

3次 統計

ということらしい。詳しくは、著書にゆずるが、今は、膨大なデータから、統計的な計算をして、「多少間違っていても、確率的にだいたい合っていればよい」というように要求する水準を下げていると。

2次ブームのときは、知識を沢山学ばせて、知識を組み合わせて推論すれば、正確な答えが出せると期待されたが、やはりそうは簡単にいかない。人間の経験値に基づいた直感による判断というのが、AIの超えられない壁の一つなのだと思う。また、そこがAIと人間の役割分担の要所なのだろう。

AIによって「知識」の相対的価値はどんどん下がる。だからこそ、人間の持つ経験知、機微、直感に光が当たることになる。

そのような人間にしかない能力をいかに開花させるかが、教育の重要なテーマになるのだろうなぁ。

知識の習得と違って短期的に習得できないし、定量的に計りにくい部分もある。

難しいテーマと思うが取り組みたい。

そして、AIが人間にとって代わるとか、AIが人間のように振る舞うという世界線ではなく、AIと人間が共存するとか、AIが人間の力を引き出してくれるとか、あくまで人間の生活が豊かになる方向へ進めばいいなと思う。

田坂広志先生の言葉を借りれば

AI(Artificial Intelligence)人工知能
から
IA(Intelligence Amplifier)知能拡張技術

参考文献

forbesjapan.com